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東京高等裁判所 平成12年(う)974号 判決 2000年12月20日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、検察官上田廣一作成の控訴趣意書並びに弁護人真木幸夫作成の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に、それぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

第一  検察官の控訴趣意について

一  論旨

論旨は、要するに、原判決は、「被告人は、A、B、C、D及びEらと共謀の上、営利の目的で、みだりに、外国籍の船舶と洋上取引をする方法により覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、B、C、D及びEが、平成一〇年八月一〇日午後一一時ころ、漁船甲丸に乗船して、鹿児島県枕崎市の枕崎漁港を出港し、同月一二日午後四時三〇分ころ、北緯三〇度、東経一二五度三〇分の東シナ海公海上において、朝鮮民主主義人民共和国籍の船舶乙丸と接舷し、同船乗組員から覚せい剤の結晶約二〇キログラム一五袋(合計約三〇〇キログラム)を受領して右甲丸に積載した上、同船を本邦に向けて航行させ、同月一三日午後一一時ころ、北緯三一度、東経一二九度一二分の鹿児島県宇治群島南西方約一四海里にあたる本邦領海内に到達させて同覚せい剤を本邦内に搬入し、もって、覚せい剤を本邦に輸入した」との覚せい剤の営利目的輸入(覚せい剤取締法四一条二項、一項)の公訴事実について、おおむね右公訴事実と同旨の事実関係を認定しながら、覚せい剤を陸揚げしていない本件の場合、覚せい剤輸入罪はいまだ既遂に達していないと判示し、覚せい剤の営利目的輸入の予備罪(覚せい剤取締法四一条の六、四一条二項、一項)の成立を認めるにとどめている(原判示第一事実)が、本件については、覚せい剤の営利目的輸入罪が既遂に達していると解すべきであるから、原判決には覚せい剤輸入罪の既遂時期の判断に関し、法令の解釈、適用の誤りがあり、この誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。

二  論旨に対する判断

1  本件事案の概要

(一) 関係証拠によると、本件は、暴力団組長である被告人が、営利の目的で、覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、配下組員やその他の暴力団関係者等と共謀の上で敢行した事案であって、その事実関係の概要は、以下のとおりであったと認められる。

(1) 被告人は、外国籍の船舶と洋上で取引して覚せい剤を入手した上、これを本邦に輸入することを企て、知人の前記Aに対し、適当な漁船を探すように依頼して、三重県尾鷲市で前記甲丸を購入し、Aを通じるなどして、同市に在住する前記C、D及びEを本件の計画に誘い入れて、同船に乗り込ませる段取りを整え、また自ら海外に渡航したり、あるいはCら他の共犯者らを渡航させるなどして、海外の取引先と打合せを行い、さらに、この間、甲丸の購入資金、同船の装備やその他の各種準備に必要な費用、関係者らに対する報酬の内金等として、相当額の金員を支出するなど、種々の準備をこらした上、東シナ海の公海上で朝鮮民主主義人民共和国籍の船舶から覚せい剤を受領し、これを甲丸に積載して搬送し、尾鷲港で陸揚げして陸送担当者に引き継がせるという計画を立てた。そして、平成一〇年八月二日ころ、前記C、D、Eのほか、被告人の配下組員の前記B及びFは、被告人の指示に従い、甲丸に乗船して尾鷲港を出港し、被告人に指示された東シナ海上の取引予定場所に赴いたが、相手船舶が現れず、また、甲丸のエンジンが不調だったこともあって、同月七日、取りあえずエンジンの修理等のため鹿児島県枕崎市の枕崎漁港に入港した。被告人は、この連絡を受けて、同月一〇日、自ら枕崎市に赴き、Cに会ったり、海外の相手方と電話で連絡を取るなどして、洋上取引の日時場所を変更し、同月一二日午後五時ころに北緯三〇度、東経一二五度三〇分の東シナ海の公海上で覚せい剤の授受を行う旨改めて取り決めて、その旨をCに指示した。

(2) そこで、C、D、E及びBは、同月一〇日午後一一時ころ、甲丸に乗船して枕崎漁港を出港し(なお、Fは、被告人の指示により、枕崎で下船した。)、同月一二日午後四時三〇分ころ、被告人に指示された北緯三〇度、東経一二五度三〇分の東シナ海公海上の取引場所に至ったところ、前記乙丸が現れたので、同船と接舷した上、同船の乗組員から本件の合計二九〇キログラム余の覚せい剤(量について公訴事実と原判示事実との間に若干の相違があることは後述のとおり)が入ったポリ袋一五袋を受領して甲丸に積載した。そして、Cらは、覚せい剤を受領すると、直ちに本邦に向け甲丸を航行させ、翌一三日午後一一時ころ、北緯三一度、東経一二九度一二分の鹿児島県宇治群島南西方約一四海里の海上に至ったところで本邦領海内に到達した。

(3) Cは、あらかじめ被告人から覚せい剤を尾鷲港に運んで陸揚げするよう指示されていたが、覚せい剤を積載して航行している間、海上保安庁の船舶等に監視されているように感じ、検挙されるのをおそれて、Aを通じて被告人に対し、陸揚げ場所を変更するように要請したり、陸送の担当者らと携帯電話で連絡を取り合うなどして、陸揚げ場所を変更する打合せをした。こうして、結局、陸揚げ場所を変更することになり、Cらは、同月一四日午後九時三〇分ころ、高知県土佐清水市の土佐清水港(不開港)に甲丸を入港させ、同港内の清水漁業協同組合購買センター東側岸壁に甲丸を接岸させた。そして、B、C及びEが上陸するなどして、覚せい剤を陸揚げする機会をうかがったが、私服の警察官と思われる者らが警戒に当たっているように感じられたので、結局同港で覚せい剤を陸揚げすることを断念した。

(4) こうして、Cらは、同日午後一〇時五〇分ころ、覚せい剤を積載したまま土佐清水港を出港したが、海上保安庁の巡視船が追尾してきたので、このまま覚せい剤を船内に積載しているのは危険だと考え、Aを通じて被告人の指示を仰いだ。被告人は、Aから電話でその様子を聞き、結局、後日の回収を期し、覚せい剤に重しをつけ海に沈めて隠匿するようにと指示し、Aがその指示をBに伝えた。そこで、Cらは、この指示に従い(ただし、Cらは、被告人の指示とはやや異なり、後記のとおり覚せい剤に発泡スチロールのフロートを結びつけて、海中に沈めることにした。)、翌一五日午前三時過ぎころ、高知県高岡郡窪川町興津埼沖合海上を航行中の甲丸の船上から、発泡スチロールのフロートを結びつけた覚せい剤在中のポリ袋一五袋を海中に投げ入れた。

(5) 被告人は、その後、Aらに指示して、前記興津埼沖海上付近で数日間にわたり本件覚せい剤の探索を実施させたが、発見に至らないうちに、本件覚せい剤の一部が警察に発見された旨報道されたため、それ以上の探索を打ち切るに至った。

(二) 被告人は、以上の一連の事犯について、三回にわたって公訴を提起された。

(1) すなわち、被告人は、まず、平成一〇年九月二五日、本件に係る覚せい剤の営利目的所持の罪(覚せい剤取締法四一条の二第二項、一項)により公訴を提起された。

その起訴状に記載された公訴事実は、「被告人は、B、Cらと共謀の上、営利の目的で、みだりに、平成一〇年八月一五日ころ、高知県高岡郡窪川町興津埼沖付近海上を航行中の漁船甲丸において、覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶約三〇〇キログラムを同船に積載してこれを所持した」というものである。

(2) 次に、被告人は、平成一〇年一二月二四日、覚せい剤の営利目的輸入の罪(覚せい剤取締法四一条二項、一項)により公訴を提起された。

その起訴状に記載された公訴事実は、「被告人は、A、B、C、D及びEらと共謀の上、営利の目的で、みだりに、外国籍の船舶と洋上取引をする方法により覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、右B、C、D及びEが、平成一〇年八月一〇日午後一一時ころ、漁船甲丸に乗船して、鹿児島県枕崎市枕崎字上釜<番地略>所在の枕崎漁港を出港し、同月一二日午後四時三〇分ころ、北緯三〇度、東経一二五度三〇分の東シナ海公海上において、朝鮮民主主義人民共和国籍の船舶乙丸と接舷し、同船乗組員から覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩の結晶約二〇キログラム一五袋(合計約三〇〇キログラム)を受領して右漁船甲丸に積載した上、同船を本邦に向けて航行させ、同月一三日午後一一時ころ、北緯三一度、東経一二九度一二分の鹿児島県宇治群島南西方約一四海里にあたる本邦領海内に到達させて同覚せい剤を本邦内に搬入し、もって、覚せい剤を本邦に輸入した」というものである。

(3) さらに、被告人は、平成一一年三月一六日、輸入禁制品の輸入未遂の罪(関税法(平成一二年法律第二六号による改正前のもの。以下同じ)一〇九条二項後段、一項、関税定率法二一条一項一号)により公訴を提起された。

その起訴状に記載された公訴事実は、「被告人は、A、B、C、D及びEらと共謀の上、先に東シナ海公海上において朝鮮民主主義人民共和国籍の船舶と洋上取引をして入手した関税定率法上の輸入禁制品である覚せい剤約三〇〇キログラムを保税地域を経由しないで本邦に引き取ろうと企て、これを漁船甲丸に積載して、平成一〇年八月一三日午後一一時ころ、鹿児島県宇治群島南西方約一四海里にあたる本邦領海内に搬入して本邦に到着させ、同県佐多岬、宮崎県沖を経由し、同月一四日午後九時五〇分ころ、不開港である高知県土佐清水港に運び入れた上、そのころ、同漁船を同県土佐清水市市場町<番地略>所在の同港内清水漁業協同組合購売センター東側岸壁に接岸し、右B、C及びEが上陸して、右覚せい剤を陸揚げしようとしたが、同岸壁付近で私服の警察官らが警戒に当たっていたため、その目的を遂げなかった」というものである。

2  原判決の要旨

原判決は、前記1(二)の(1)及び(3)については、被告人らが取り扱った覚せい剤の量を、各公訴事実とやや異なり、290.48453キログラムと認定したほかは、各公訴事実とおおむね同旨の犯罪事実を認定し、それぞれ原判示第三、第二の各事実として摘示している(原判決のこの認定は関係証拠に照らして十分首肯することができる。)。

しかし、原判決は、前記1(二)(2)の覚せい剤の営利目的輸入の公訴事実については、公訴事実とおおむね同旨の事実関係を認定したものの、覚せい剤の営利目的輸入の既遂罪の成立をいう原審検察官の主張を退け、右の事実については、覚せい剤の営利目的輸入の予備罪(覚せい剤取締法四一条の六、四一条二項、一項)が成立するにとどまると判断している。

すなわち、原審検察官が、本件の事実関係の下では、Cらが公海上で外国船舶から受領した覚せい剤を甲丸に積載して領海内に持ち込んだ時点で覚せい剤の輸入罪は既遂に達すると主張したのに対し、原判決は、「覚せい剤の本邦への輸入とは、外国からきた覚せい剤を本邦領土内に陸揚げするなどして搬入することをいうと解するのが相当であり、船舶による輸入の場合、輸入の形態、輸送手段の種類、薬物に対する物理的支配の有無、輸送手段に対する支配力の有無等を問わず、一義的に本邦領土内への陸揚げによって輸入罪は既遂に達すると解するのが明解であるとともに、妥当な解釈である」として、前記1(二)(2)の公訴事実記載の事実関係の下では、覚せい剤の輸入罪はいまだ既遂に達してはいないと判断している。なお、原判決は、覚せい剤輸入罪の既遂時期を右のように解することが後記最高裁昭和五八年九月二九日第一小法廷判決・刑集三七巻七号一一一〇頁の趣旨にも合致するという趣旨の説示をもしている。そして、原判決は、輸入の意義をこのように解する以上、その実行の着手時期については、覚せい剤を船舶内から本邦領土内へ陸揚げする行為を開始した時又はそれに密着する行為を行って陸揚げの現実的危険性のある状態が生じた時に、覚せい剤輸入罪の実行の着手が認められると解すべきであるとし、前記1(二)(2)の公訴事実記載の事実関係の下では、覚せい剤輸入の実行の着手はいまだ認められないから、右の事実については、覚せい剤輸入の予備罪が成立するにとどまると判断している。

なお、原審の審理において、裁判長は、数度にわたり、検察官に対し、覚せい剤輸入罪の既遂時期等に関する検察官の主張について釈明を求めるとともに、Cらが土佐清水港で覚せい剤を陸揚げしようとした行為を対象とした覚せい剤の営利目的輸入未遂の訴因を予備的に追加するように勧告しているが、これは、覚せい剤輸入の意義やその既遂罪ないし未遂罪の各成立時期に関する前記のような原裁判所の立場を前提とした上で、検察官が、覚せい剤輸入の関係についても、予備的訴因の形であるにせよ、前記1(二)(3)の関税法違反の訴因と同様、Cらが土佐清水港で覚せい剤を陸揚げしようとしたがこれを遂げなかったという事実関係を内容とする訴因を提示すれば、それに基づいて覚せい剤の営利目的輸入の未遂罪(覚せい剤取締法四一条三項、二項、一項)の成立を問題にすることが可能であるとの見解に基づいているものと推測することができる。しかし、原審検察官は、あくまで現在の訴因の範囲内で認定できる犯罪の処罰を求め、右勧告には応じないとの態度を変えなかった。原判決は、その判文中で、この点について、「検察官が裁判所の勧告を拒絶してあくまで現訴因を維持し、現訴因で提示されている事実の範囲内でしか処罰を求めないとする以上、検察官の設定する訴因の範囲内で審判する裁判所としては、輸入未遂罪を認定することはできず、訴因として構成された事実の範囲内では、輸入予備罪しか成立しないと解される。」との説明を付加している。

そこで、原判決は、原判示第一の事実として、「被告人は、A、B、C、D、Eらと共謀の上、営利の目的で、みだりに、外国船籍の船舶と洋上取引して入手した覚せい剤を本邦に輸入しようと企て、右B、C、D及びEが、平成一〇年八月一二日午後四時三〇分ころ、北緯三〇度、東経一二五度三〇分の東シナ海公海上において、外国船籍の船舶乙丸の乗組員から覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩酸塩の結晶合計290.48453キログラムを受領して漁船甲丸に積載し、同船を本邦に向けて航行させた上、同月一三日午後一一時ころ、北緯三一度、東経一二九度一二分の鹿児島県宇治群島南西方約一四海里にあたる本邦領海内に到達させて同覚せい剤を本邦領海内に搬入し、もって、覚せい剤を本邦に輸入する予備をした。」との犯罪事実を摘示し、前記1(二)(2)の公訴事実の関係では、覚せい剤の営利目的輸入の予備罪の成立を認めるにとどめている。

3  覚せい剤輸入罪の既遂時期に関する前記最高裁昭和五八年九月二九日判決の説示内容

ところで、覚せい剤輸入罪の既遂時期については、原判決指摘の最高裁昭和五八年九月二九日判決が、保税地域、税関空港等、外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に、外国から船舶又は航空機によって覚せい剤を持ち込む場合、同罪は、覚せい剤を船舶から保税地域に陸揚げし、あるいは税関空港に着陸した航空機から覚せい剤を取りおろすことによって既遂に達するとの判断を示している。また、その理由として、右最高裁判決は、「覚せい剤取締法は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため必要な取締を行うことを目的とするものであるところ、右危害発生の危険性は、右陸揚げあるいは取りおろしによりすでに生じて」いるという点を挙げている。

各種輸入罪における輸入の意義ないしその既遂時期に関しては、「『輸入』とは、外国から本邦に到着した貨物……を本邦に(保税地域を経由するものについては、保税地域を経て本邦に)引き取ることをいう。」(関税法二条一項一号)と、この点について明示の規定を設けている関税法のようなものは別として、覚せい剤取締法も含め、特段その定義規定等が置かれていないのが通例であるが、かねて、その意義をめぐっては、一般に対象物件を領海・領空に搬入すれば既遂に達するとする見解(いわゆる領海説)、本邦領土に陸揚げした時点で既遂に達するとする見解(いわゆる陸揚げ説)、保税地域等を経由して引き取られる物件については関税線を通過した時点で既遂に達するとする見解(いわゆる関税線突破説)等の対立があり、後記のとおり、大審院の判例を含め、各裁判例はおおむね陸揚げ説の立場を採っていたところ、前記最高裁判決は、覚せい剤の輸入罪について、少なくとも、右の意義における領海説(すなわち、およそ覚せい剤を本邦領海・領空内に持ち込めば輸入の既遂罪が成立するという見解)や関税線突破説の見解を採らないことを示したものであることが明らかである。

本件では、この最高裁判決の意義をどのように理解するかについて、原判決と所論との間に大きな見解の相違があるが、この点を検討するため、所論の内容の詳細について更に次項で補足する。

4  覚せい剤輸入罪の既遂時期に関する検察官の所論の内容に関する補足

前記一の検察官の論旨は、要するに、覚せい剤輸入罪の既遂時期に関する原判断を争い、本件の事実関係の下では、Cらが覚せい剤を本邦領海内に搬入した時点で覚せい剤の営利目的輸入の既遂罪が成立すると解すべきであると主張するものであるが、所論は、前記最高裁判決の右判断はこれを前提とした上、すなわち、判例変更を求めるものではないことを前提とした上で、本件の事実関係の下では、Cらが本邦領海内に覚せい剤を搬入した時点で覚せい剤輸入罪が既遂に達したと解すべきであり、そのように解釈することは右最高裁判決と抵触するものではないと主張する。

すなわち、所論は、覚せい剤輸入罪の既遂時期については、覚せい剤がもともと本邦内にあったと同様の覚せい剤濫用による危害発生の危険性のある事実状態が作出された時点ということになると解すべきであるところ、その既遂時期の判断は、輸入の形態に応じて異なるものであり、前記最高裁判決の事案のように、犯人が船舶・航空機等の輸送機関に対する運行支配を有しないケースにおいては、特殊な事情がない限り、船舶からの陸揚げ、あるいは航空機からの取りおろし時が輸入罪の既遂時期と解すべきであるが、本件のような瀬取り方式による輸入事案のように、犯人が船舶・航空機等の輸送機関に対する運行支配を有するケースにおいては、領海線を突破した時をもって輸入罪の既遂時期ととらえるべきであって、このように解釈することは、右最高裁判決と何ら矛盾するものではないと主張する。そして、所論は、本件のような瀬取り方式による輸入事案の場合には、犯人が覚せい剤を領海内に持ち込んだ時点で覚せい剤輸入の既遂罪の成立を認めるべきであるとする論拠として、前記最高裁判決は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害発生の危険性が生じる時点をもって既遂と未遂の境界ととらえ、そのような危害発生の危険性が客観的に認められる時点をもって輸入の罪が既遂に達すると解していると考えられるが、同判決の事案は、犯人が、覚せい剤をキャリーバッグに隠匿・携行して、運行支配を有していない航空機に乗り込み、税関の実力支配が及んでいる空港に到着した後、降機して右覚せい剤を取りおろした事案であるのに対し、本件のような瀬取り方式による密輸入事犯においては、犯人が公海上で覚せい剤を受け取り、運行支配している船舶に積載して本邦に向けて航行し、本邦の領海内にこれを持ち込むものであって、領海内に入った後は、領海内で他の船舶と合流して覚せい剤の取引を行い、いつでも、どこの港でも、また港以外の任意の場所にも覚せい剤を移動させることが容易となるのであるから、領海内に覚せい剤が持ち込まれた時点で、覚せい剤濫用による保健衛生上の危害発生の危険性が顕在化ないし現実化したというべきであると主張する。また、所論は、携帯電話、GPS(衛星航法装置)の高性能化と普及、各種船舶の高速化や、瀬取り方式による密輸入事犯の激増などといった近時の実情等は、前記のような解釈の妥当性を裏付けるものであるし、このような解釈を採ることは、我が国が平成八年法律第七三号により接続水域を設けることとした趣旨とも整合し、薬物事犯に対する国際的取組や諸外国の立法例との比較等の観点からも支持されるものであり、かつ輸入の意義に関する最高裁昭和四一年七月一三日大法廷判決・刑集二〇巻六号六五六頁の趣旨とも合致するなどとも主張する。

5  覚せい剤輸入罪の既遂時期に関する当裁判所の判断

(一)  前記のように、所論は、覚せい剤輸入罪の既遂時期について、前記の意義における領海説、すなわち一律に領海・領空搬入時に既遂罪が成立するとする見解を採るものではなく、前記最高裁昭和五八年九月二九日判決の判断はこれを前提にした上で、その主張を展開している(もっとも、この判決に対する所論の理解については必ずしも明らかでない点があるが、この点については後に検討する。)。当裁判所も、他の場合についてはひとまずおき、少なくとも前記最高裁判決が明示しているような場合には、覚せい剤を船舶から陸揚げし、あるいは航空機から取りおろした(以下、船舶からの陸揚げと航空機からの取りおろしとを併せて「陸揚げ等」ともいう。)時点で覚せい剤輸入罪が既遂に達すると解すべきであると考える(その根拠としては、右最高裁判決が説示する前記の理由を挙げることができるが、この点については更に後記(二)(三)で補足する。)。

そうすると、ここでまず問題とすべきであるのは、所論のように、前記最高裁判決の事案の場合には陸揚げ等の時点をもって覚せい剤輸入罪の既遂時期とし、本件のような所論のいわゆる瀬取り方式、すなわち、犯人が自らその運行を支配している船舶を用いて公海上で外国船籍の船舶から覚せい剤を受け取った上でこれを輸入するという方法が採られた場合には、覚せい剤が本邦領海内に搬入された時点をもって輸入罪の既遂時期とするというような、場合を分けた解釈をすることが、覚せい剤輸入罪の構成要件の解釈、適用として、合理性があるかどうかという点でなければならない。

(二)  その前提として、前記最高裁判決の意義について更に検討すると、なるほど、右最高裁判決は、所論指摘のとおり、被告人が、覚せい剤を隠匿したキャリー・バッグを携帯して外国から航空機に搭乗し、本邦の税関空港にこれを搬入したという事案に関するものであり、覚せい剤輸入罪の既遂時期に関する同判決の説示も、保税地域、税関空港等、外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に、外国から船舶又は航空機により覚せい剤を持ち込むという態様によって行われる覚せい剤輸入の場合についてされていることは、その判文上明らかなところである。

しかしながら、他方、前記最高裁判決のこの点の説示は、右覚せい剤の輸入に関して覚せい剤取締法上の覚せい剤営利目的輸入の罪と関税法上の無許可輸入未遂の罪との成立を認めた上、この両罪が観念的競合の関係にあるとした原判決の罪数判断を争って判例違反を主張する検察官の上告趣意に対する判断を示す前提でされたものであることが明らかであって、同判決が、保税地域、税関空港等、外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に覚せい剤を搬入するという態様による輸入の場合について専ら説示しているのも、その関連において理解される必要がある。そして、同判決が、前記判断の理由として、「覚せい剤取締法は、覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため必要な取締を行うことを目的とするものであるところ、右危害発生の危険性は、右陸揚げあるいは取りおろしによりすでに生じており、通関線の内か外かは、同法の取締の趣旨・目的からはとくに重要な意味をもつものではないと解される」と説示していることなどにも照らすと、同判決は、本邦領土に覚せい剤が搬入された段階で、本邦の不特定多数の者に対する流通の危険や覚せい剤濫用のおそれ等を内容とする保健衛生上の危害が明確化、顕在化したとみる立場を採っているものと解することができる。

所論は、右最高裁判決の判断は、犯人が運行支配を有していない航空機を利用した事案についてされたものであると強調する。しかし、前述の点に加えて、同判決が、保税地域、税関空港等、税関の実力的管理支配が及んでいる地域に外国から船舶又は航空機により覚せい剤を持ち込む場合という対象の範囲を設定して、これについて判断するという形の説示をし、所論が強調する輸送機関に対する犯人の運行支配の有無等といった事情については何ら触れていないこと等を考慮すると、同判決は、所論指摘の右の点を、覚せい剤輸入罪の既遂時期の判断を左右するほど重要な事実として評価してはいないことをうかがわせるものと理解することができる。すなわち、同判決は、所論指摘の輸送機関に対する運行支配の点等にかかわらず、要するに覚せい剤が本邦領土に搬入されたという事実に着目し、その時点で右の危険性が顕在化して覚せい剤輸入の既遂罪が成立すると解しているとみるのが、素直な理解であるというべきである。

また、右最高裁判決に至るまでの裁判例の状況をみても、前記のとおり、保税地域を経由する場合には保税地域を経由して貨物を引き取ることをもって輸入とするなどと、輸入罪の既遂時期について明示の規定を設けている現行関税法のようなものは別として、輸入罪について規定する各種法規では、この点について特段の定義規定が置かれていないのが通例であるところ、大審院の判例は、これらの輸入罪について、一貫して当該物件を本邦領土に搬入した時に輸入罪が既遂に達するとする陸揚げ説の立場を採り(税関の実力的管理支配の下にある場所を経由して輸入しようとした場合と否とを問わなかった。大審院明治三七年一月一八日判決・刑録一〇輯一九頁、同明治四〇年九月二七日判決・刑録一三輯一〇〇七頁、同昭和八年七月六日判決・刑集一二巻一三号一一二五頁等)、最高裁昭和三三年一〇月六日第二小法廷決定・刑集一二巻一四号三二二一頁も、保税地域を経ない輸入の事案につき、陸揚げの時点で関税法上の無許可輸入罪が既遂に達すると判示し(なお、最高裁昭和三一年三月二〇日第二小法廷判決・刑集一〇巻三号三七四頁参照)、高等裁判所の各裁判例も、各種法規の輸入罪について(航空機による輸入の場合に、航空機の着陸から当該物件を地上に取りおろすまでの段階に関し、既遂時期の理解に若干の相違があった点を別として、)おおむね陸揚げ等の時点で既遂に達するとする趣旨の判断を示していたことが明らかであるところ、右最高裁昭和五八年九月二九日判決が、この点について、前記各裁判例と特段異なる理解をしていることをうかがわせるような根拠はない。

そうすると、右最高裁昭和五八年九月二九日判決が、保税地域、税関空港等、外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に覚せい剤を持ち込む場合に陸揚げ等の時点をもって輸入罪の既遂時期に当たると説示した点などをとらえて、同判決が右のような場合以外には輸入罪の既遂時期について別異の解釈を採る余地を残したという趣旨に理解することは、明らかに無理があるといわなければならないし、同判決は、一般に外国から来た覚せい剤を陸揚げ等により本邦領土に持ち込んだ時点で覚せい剤輸入の既遂罪が成立するという理解をしていると解するのが、その趣旨の最も合理的な解釈であるというべきである。

すなわち、所論のような解釈は、右最高裁判決の明示の説示自体に直接抵触するものではないとはいえ、右判決の趣旨に照らして疑義の多い主張であるといわざるを得ない。

(三)  また、実質的にみても、一般的に陸揚げ等によって本邦領土に覚せい剤を搬入した時点をもって覚せい剤輸入罪の既遂時期ととらえる立場(右最高裁判決の趣旨もこの立場から理解することができることは前記のとおりである。)は、右の時点において、覚せい剤輸入罪が既遂に達したと評価することができる程度まで、前記の意義における保健衛生上の危害が明確化、顕在化したと理解し、この段階と単に領海・領空に覚せい剤を搬入したにとどまる段階とを右の点で区別して理解するものであると解されるところ、この理解は、何よりも、領土は類型的に不特定多数の公衆が所在する場所であり、覚せい剤の流通や濫用等の危険も領土におけるものが領海・領空におけるものに比し格段に深刻な問題であるなどの事情に照らして、合理的なものということができ、本件のような瀬取りの事案にも十分妥当するものであるといわなければならない。

そして、近時における通信技術等の急速な発展・普及、各種船舶の高速化、瀬取り方式による密輸入事犯の増加といった所論がるる指摘する諸事情を十分考慮しても、いまだこのような理解が合理性を失うに至ったとはいえないであろう。補足すると、右所論は、通信技術の発展・普及等により、犯人の支配する船舶から覚せい剤を本邦領土に陸揚げ等することが容易になったという趣旨を主張しているが、この主張は、やはり、本邦領土における危害の発生を結局は問題にしているものと理解する余地が多分にある。しかも、原判決も指摘するように、所論指摘の通信技術の発展・普及等の事情があるとはいえ、瀬取り船で運んだ覚せい剤を秘密裏に本邦領土に陸揚げして搬入する場合と、最高裁昭和五八年九月二九日判決の事案のように、旅客機に搭乗し、覚せい剤を隠匿携帯して本邦領土に搬入する場合とを比較すると、前者の場合の方が本邦領土への覚せい剤の搬入が容易であるとは到底いえないことが明らかであって、前者の場合にのみ前記危害の発生を早期に認めて、この場合には覚せい剤の領海搬入の段階で既に輸入既遂罪の成立を認めるという所論のような解釈をすることに、合理的な根拠があるとはいい難い。所論は、後者の場合には、覚せい剤の本邦領土搬入後更に税関検査等を経なければならないという関門があるから、領土搬入の容易さだけで比較するのは不当であるというのかもしれないが、通関線突破を問題にするまでもなく、本邦領土に搬入すれば覚せい剤輸入罪の既遂罪の成立を肯定できる程度の保健衛生上の危害の発生が認められるとする右最高裁判決の説示の趣旨等に照らして考察すると、この主張に理由があるとはやはり考えることができない。もっとも、所論中には、通信技術の発展・普及等により、単に覚せい剤の陸揚げ等が容易になったというにとどまらず、犯人が運行を支配している瀬取り船を使った場合には、陸揚げ等をするまでもなく、領海内で覚せい剤の取引を行うようなことも容易になったと主張する部分もある。事柄の実態としてこの所論に相応の根拠があることはもとより否定することができないが、そうであるからといって、覚せい剤の輸入によりもたらされる公衆衛生上の危害の程度には、領土搬入の時点の前後でいわば質的な差があると評価し、この時点をもって輸入罪の既遂時期ととらえる前記のような理解がその合理性を失ったとまでいうのは(所論中にはこの趣旨をいうかのように解される部分もある。)、飛躍にすぎるというほかはない。

所論は、平成八年法律第七三号により接続水域が設けられた趣旨との関係等についても主張するが、この点も、覚せい剤輸入罪の既遂時期をどの時点でとらえるかという本件の問題点と直接関連するものではないことが明らかであり、所論指摘の薬物事犯に対する国際的取組等の諸点についても同様に考えられる。ちなみに、薬物を輸入する目的で本邦領海に入ったという本件のような場合、いまだ陸揚げ等をしていないため覚せい剤輸入の既遂罪の成立が認められなくとも、覚せい剤所持罪等が成立し得ることはいうまでもないし、輸入の関係でも、輸入予備罪や、場合により輸入未遂罪が成立し得ることも多言を要しないところであって、これら犯罪を理由として取締りを行うことができることもまたいうまでもないところであるから、取締りの必要性のため、前記のように問題が多い所論のような解釈をあえて採らなければならないというような事情があるともいい難いのである。

所論は、所論のような解釈が輸入の意義に関する前記最高裁昭和四一年七月一三日判決の趣旨に合致するともいう。所論は、右判決に「わが国の統治権が現実に行使されていない地域から、わが国の統治権が行使されている地域に麻薬を搬入する行為は、麻薬取締法にいう輸入に当るものと解するのが相当である。」との説示部分がある点を根拠にするようであるが、この判決は、我が国の領土ではあるが当時我が国の統治権が現実に行使されていなかった地域(沖縄)から統治権が行使されている地域に麻薬を搬入する行為が麻薬取締法上の輸入に当たるか否かという点について判断したものであって、右の説示部分も、我が国の統治権が行使されている領海に麻薬を搬入すれば輸入罪が成立するという趣旨を述べたものではないし、その後の前記最高裁昭和五八年九月二九日判決が、前記のように、我が国の統治権が行使されている領海に覚せい剤を搬入すればすなわち輸入罪が成立するという立場を採ってはいないことなどに照らしても、右最高裁昭和四一年七月一三日判決が所論の根拠になるような意味を持つとは解し難い。

その他、所論は種々の指摘をして、本件で領海搬入時に覚せい剤輸入の既遂罪の成立を認めるべきであると主張するが、いずれも理由があるとはいい難い。

(四)  のみならず、所論のように、いわば輸入の形態により覚せい剤輸入罪の既遂時期に差を設けるという解釈は、輸入罪の構成要件の理解に甚だしい不明確さをもたらすものといわざるを得ない。

例えば、所論は、前記最高裁昭和五八年九月二九日判決の判断はこれを前提としているようでありながら、前記のように、右判決が何ら触れていない輸送機関に対する犯人の運行支配の有無の点を取り上げ、この判決の事案においては犯人が右運行支配を有していなかったことが重要であると強調する。しかし、このような主張は右判決の理解としても問題が多いといわざるを得ないことは既に述べたとおりであるのみならず、所論は、右判決の説示する「保税地域、税関空港等外国貨物に対する税関の実力的管理支配が及んでいる地域に、外国から船舶又は航空機により覚せい剤を持ち込」んだ場合にも、船舶等に対する犯人の運行支配の点等を根拠として輸入罪の既遂時期に異なった理解をするのかどうか、区別を設けるとすると、右運行支配の有無を基準とすることになるのか、他の事情も考慮するのか、その既遂時期はどのようなものになるのか、右判決の説示との関係をいかに理解するのかなどといった点について、所論の趣旨は不明なところが多いといわざるを得ない(所論は、大型外国船や大型航空機による携帯輸入で、船内や機内で覚せい剤を流通拡散させることが可能であるという場合についても、領海進入時に覚せい剤輸入罪が既遂に達する事案があることを否定するものでないとも主張する(控訴趣意書七〇頁)。しかし、保税地域や税関空港を経て本邦に入ることが予定されている場合であり、しかも犯人が運行支配を有しない輸送機関を利用する場合であっても、なお領海進入時に覚せい剤輸入罪が既遂に達する場合があり得るというのであれば、その趣旨はますます不明確であるといわざるを得ない。)。

また、所論は、本件のような瀬取りの事案、すなわち、犯人が自らその運行を支配している船舶を用いて公海上で外国船舶から覚せい剤を受け取った上でこれを本邦に持ち込むという形態の事案においては、犯人がその覚せい剤を本邦領海に搬入した時点で輸入罪が既遂に達するというが、外国船舶から覚せい剤を受け取った場所が領海内であったというように、事実関係を本件と微妙に異にしただけで、所論の趣旨は甚だ明確でないものになる。所論の趣旨をそんたくしつつ、領海内で外国船舶から覚せい剤を受け取ったという場合の処理について考えると、所論は、この場合、本邦側の犯人が領海内で覚せい剤を受け取った時点で輸入罪が既遂に達すると主張することとなるもののようにも推測される。しかし、他方、この場合、所論の主張を一貫させると、本邦領海内で覚せい剤を譲渡する意思で覚せい剤を本邦領海に搬入した右外国船舶の関係者についても、覚せい剤輸入罪が成立する可能性があり、その既遂時期は覚せい剤を本邦領海内に搬入した時点ということになるはずである(所論の前提に立っても、犯人の国籍とかその船舶の船籍等によって事案を区別する合理性があるとは考え難い。)。そして、このように外国船舶の関係者に覚せい剤輸入罪が成立する場合、所論は、本邦側の犯人には、(右外国船舶の関係者との間で広義の共犯関係が認められる場合は別として、)覚せい剤輸入罪は成立しないとでも解することになるのであろうか(外国船舶関係者と本邦側犯人とのそれぞれについて、時期を分けて別個に覚せい剤輸入罪が成立するというような解釈をすることはできないであろう。)。すなわち、本邦側の犯人に覚せい剤輸入罪が成立するか否かは、右外国船舶関係者に覚せい剤輸入罪が成立するか否かに左右されるということにもならざるを得ない。所論の趣旨を種々そんたくしても、このような場合の処理について合理的で整合性がある結論を導くのは相当に困難であると考えざるを得ないのである。

さらに、覚せい剤を本邦領土に搬入したり、領海内で取引したりする意図ではなく、単にある外国から別の外国に搬送する意図で、あるいは中継する意図で、自己の船舶に覚せい剤を積載して本邦領海に入ったという場合について、所論がどのように解することになるのかも、疑問とせざるを得ない。もとより、陸揚げ説の立場に立てば、この場合にはいまだ覚せい剤輸入の既遂罪が成立しないことはいうまでもないが、所論の見解に立った場合にはどのように理解することになるのか、やはり明確ではない。犯人がその運行を支配する船舶に覚せい剤を積載して本邦領海内に入った以上、覚せい剤輸入の既遂罪が成立すると理解するようにもうかがえないではないが、おそらくは所論も、覚せい剤輸入の既遂罪の成否を決する上で、覚せい剤による危害が本邦で現実に顕在化したといえるか否かを重視するものである以上、この場合には覚せい剤輸入罪の成立をいまだ認めないもののようにも理解される(あるいは、所論は、この場合も、具体的事案の事情によって既遂時期が異なるというのかもしれないが、この場合どのような事情で更に既遂時期を分けることになるのか、やはり明確ではないであろう。)。補足すると、この場合に輸入罪の成立を否定するという立場で考えても、他方、右中継等の過程で覚せい剤が一時的とはいえ本邦領土にいったん搬入されるに至れば、これについて覚せい剤輸入の既遂罪が成立することを否定することはできないであろう(前記大審院昭和八年七月六日判決参照)。すなわち、この前提に立った場合には、覚せい剤を単に本邦領海に搬入した場合と領土にまで搬入した場合とで、結論を異にする解釈を採ることにならざるを得ないが、それは、やはり、犯人の運行支配に属する船舶によるとはいえ、単に領海に覚せい剤を搬入することの危険性と、一時的とはいえ領土に覚せい剤を搬入することの危険性との間には、極めて重要な相違があることを承認する結果になることを否定することはできないというべきである。

このように、いわば輸入の形態により覚せい剤輸入罪の既遂時期を分けて考えるという所論の主張は、輸入罪の成否ないし成立時期等に関し、種々不明確な点を残し、犯罪構成要件の解釈論として、その合理性を認め難いと考えざるを得ず、原判決のように、基本的に陸揚げ等の時点を既遂時期としてとらえる解釈が、犯罪成立時期に関し明確な判断基準を提示できることと対比しても、難点が多いというほかはないのである。

所論は、覚せい剤の輸入とは、覚せい剤を本邦外から本邦領域内に搬入し、かつ、覚せい剤がもともと本邦内にあったと同様の濫用の危険のある事実状態を作出する行為であると解すべきであり、これを行為面からみると、覚せい剤を国内に持ち込み、国内に新たな覚せい剤を存在するに至らせることをいうのであるとともに、結果面からみると、国内における覚せい剤濫用の危険を生じさせるという要素で成り立っているとし、その既遂時期は右の基準に従い各事案ごとに判断すべきことであり、事案を類型化することにより事実認定と評価の問題に解消することができるから、格別このような輸入罪の定義が不明確とはいえないと主張する。しかしながら、前記の検討結果からもうかがえるように、所論のような基準の下で、各事案において輸入罪の成否ないしその成立時期を事前に明確に予測するというようなことは、至難の事柄であって、輸入の形態ごとに既遂時期を判断していくという所論の主張は、この観点からみても、結局のところ犯罪構成要件の解釈論としてこれを採用することはできないと考えざるを得ない。

(五)  以上の検討結果に照らすと、覚せい剤の本邦への搬入を内容とする覚せい剤輸入罪は、その覚せい剤を陸揚げ等により本邦領土に搬入した時に既遂に達すると解すべきであるとし、本件においてはいまだ同罪は既遂に達していないとする原判決の判断は、所論指摘のその余の点について検討するまでもなく、当裁判所としてもこれを支持することができると考えられるから、原判決の右判断に所論の法令の解釈適用の誤りはないというべきである。また、補足すると、原判決は、前記第一の二2のとおり、覚せい剤輸入罪の既遂時期に関する以上の判断を前提とした上で、前記第一の二1(二)(2)の訴因を前提とする以上、覚せい剤営利目的輸入の未遂罪も認めることはできないと判断しているが、原判決のこの判断も、予備罪の成立は肯定した点を含め、首肯するに足りると考えられる。したがって、論旨は理由がない。

第二  弁護人の控訴趣意中、法令適用の誤りの主張について

一  論旨

論旨は、要するに、原判決は、被告人らが本件で取り扱った覚せい剤290.48453キログラムは原判示第二の関税法違反の犯罪に係る貨物であるから、関税法一一八条一項本文により没収すべきところ、そのうち123.375048キログラムの覚せい剤は没収することができないので、同条二項、一項本文によりその価額である一四億〇六四七万五五四七円を追徴するとして、被告人に同金額の追徴を言い渡しているが、この123.375048キログラムの覚せい剤は本件犯行後海没してしまったのであるから、関税法一一八条二項、一項本文は、このような場合についてまで追徴を科すべき趣旨を定めたものではないと解すべきであり、仮にその趣旨を定めたものとすると、これらの規定は憲法二九条、三一条に違反して無効であると解すべきであって、いずれにしても、本件において関税法の前記各規定を適用して被告人に追徴を言い渡した原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りがある、というのである。

二  論旨に対する判断

この所論に関連する事実関係は、前記第一の二1(一)(4)、(5)で摘示したとおりであり、要するに、Cらは、被告人の指示に従い、後日の回収を期して、甲丸に積んでいた覚せい剤を海中に沈めて隠匿しようとしたのであり、もとより、海中に投棄したものでもなければ、不可抗力によって右覚せい剤を海中に沈めてしまったというのでもない。もっとも、被告人らは、その後、数日にわたり、原判示の興津埼付近海域で覚せい剤の探索活動を行ったものの、結局発見することができないうちに、警察の方が先に本件覚せい剤の一部を発見してしまったため、その後の探索を断念したことがうかがわれるが、この点は、もとより前記認定と矛盾するものではない。このような事実関係を前提とする以上、本件の覚せい剤は、Cらによって海中に沈められた後も、依然関税法一一八条一項本文所定の必要的没収の対象となることが明らかである(それとともに、覚せい剤取締法四一条の八第一項本文の必要的没収の対象ともなることはいうまでもない。)から、この覚せい剤のうち、後に警察等により現に発見されて押収されたもの(167.109482キログラム)を原判決が没収したのはもとより正当であるとともに、結局発見されなかったため没収できなかったその余の123.375048キログラムの覚せい剤の分について、原判決がその価額を関税法一一八条二項、一項本文により追徴することとした点にも、何ら誤りは認められない。すなわち、関税法の前記各規定の文言及びその法意等に照らすと、本件のような場合に、結局発見されなかった覚せい剤の価額を追徴すべきこととなることは、疑いをいれる余地がないのである。また、このような場合に右覚せい剤の価額を追徴することが、所論のような理由により憲法の前記各規定に違反することとなるものでないことも、いうまでもないところであるから、所論違憲の主張は、その余の点について検討するまでもなく、理由がないというほかはない。したがって、論旨は理由がない。

第三  弁護人の控訴趣意中、量刑不当の主張について

一  論旨

論旨は、要するに、原判決の量刑が重過ぎて不当であるというのである。

二  論旨に対する判断

そこで、検討すると、本件は、前記第一の二1で説示したとおり、被告人が、他の共犯者らと共謀の上、外国船舶から覚せい剤を受け取って本邦に搬入しようと計画し、これを実行した過程で行った一連の犯罪であり、その内容は、覚せい剤の営利目的輸入の予備(原判示第一)、輸入禁制品輸入の未遂(原判示第二)と覚せい剤営利目的所持(原判示第三)の各犯罪から成る。被告人らが本件で取り扱った覚せい剤は二九〇キログラム余もの大量にのぼり、このような大量の覚せい剤を営利目的で所持し、また本邦に輸入しようとしたという事案の内容自体、社会的にも極めて危険で、重大な非難に値する行為であることはいうまでもない。また、その態様についてみても、被告人らは、あらかじめ船舶を購入して装備を整え、外国の関係者らとも密接に連絡を取り合い、共犯者らの間でも種々の役割を取り決めるなど、周到な準備を遂げた上、公海上で覚せい剤の受渡しをし、これを右船舶によって本邦の海岸に搬送し、陸揚げして陸上輸送の担当者らに引き渡そうとしたなどの事情が明らかであって、計画的かつ大規模、組織的に敢行された誠に悪質な犯行であるというほかはない。

さらに、関係証拠に照らすと、被告人は、自己の暴力団の組織の資金を得るなど、要するに自己の利を図ることを意図して、覚せい剤の輸入を計画し、自ら海外の関係者らとも種々連絡を取り合い、配下組員や知人らに指示するなどして、積極的に本件の準備、遂行に当たったことが優に推認できる。すなわち、被告人は、本件各犯行の実行行為自体を行ったものではないが、本件における首謀者としての立場にあり、その役割は、各共犯者の中でも最も主導的、中心的なものであったことが明らかである(なお、被告人は、当審公判で、本件は、現在既に死亡しているGなる者が計画、遂行した犯行であって、被告人はGに頼まれて協力したにすぎないと供述しているが、この供述は不自然、不合理で、関係の証拠とも矛盾する点が多く、信用できないことが明らかである。)。そのほか、被告人は、昭和五二年から昭和五九年までの間、覚せい剤取締法違反又はこれを含む罪により、三回にわたって懲役刑を受けた後、平成四年三月には、銃砲刀剣類所持等取締法違反、火薬類取締法違反の罪により、懲役六年の判決を受け(原判決摘示の累犯前科)、平成九年七月にその刑の執行を受け終わったなどの前科を有し、右最終刑の執行終了後一年余を経過したばかりで本件に及んでいるなどの事情をも併せて考慮すると、被告人の刑責には誠に重いものがあるといわざるを得ない。

そうすると、前記経緯でCらが本件覚せい剤を海中に沈めた後、結局その回収に失敗したため(なお、その一部は捜査機関に発見、押収されている。)、本件の覚せい剤が現実に本邦内で拡散、流通するには至らなかったこと、前述のとおり、覚せい剤輸入罪の関係では被告人に予備罪の成立が認められるにとどまっており、関税法違反(輸入禁制品の輸入)の関係でも未遂罪が成立するにとどまっていることや、被告人の家庭事情等、被告人のため考慮すべき諸事情を勘案しても、被告人を懲役一八年及び罰金六〇〇万円に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官・村上光鵄、裁判官・木口信之、裁判官・中里智美)

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